藤川IP特許事務所メールマガジン 2023年6月号

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◇◆◇ 藤川IP特許事務所 メールマガジン ◇◆◇
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━ 知財担当者のためのメルマガ ━━━━━━━━━━━━━━━
                       2023年6月号
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┃ ◎本号のコンテンツ◎
┃ 
┃ ☆知財講座☆
┃(17)先使用権制度

┃ ☆ニューストピックス☆

┃ ■AI活用めぐる国際ルールの策定で合意(G7)
┃ ■知財経営の実践に向けた「ガイドブック」公開(特許庁)
┃ ■大学発ベンチャー企業数が過去最多(経済産業省)
┃ ■助成金情報 令和5年度中小企業等海外侵害対策支援事業
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特許庁は、「知財経営の実践に向けたコミュニケーションガイドブック~実践事例集~」を公表しました。

ガイドブックでは、知財を活用した企業経営の実践に向け、経営層と知財部門間のコミュニケーションの課題を取り上げ、知財経営に実際に取り組んでいる企業の事例などを紹介しています。

知財経営を実践する際の参考になるかもしれません。

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┃知┃財┃基┃礎┃講┃座┃
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(17)先使用権制度

【質 問】
特許権者から「特許権侵害になるので実施を中止してください」と申し入れを受けた場合でも、自社が以前から実施していた行為であるならば、中止せずに、実施事業を継続できると聞いたことがあります。これについて教えてください。

【回 答】
ご質問は先使用権(センシヨウケン)に関するものです。先使用権制度の内容を説明しましょう。

<特許権は最先の特許出願に与えられる>
特許権は、新規性・進歩性等の条件を備えている発明を、特許権者が独占・排他的に実施できる権利です。この特許権は、先願主義の下、同一の発明については、最も早く特許出願を行った者に与え られます。

<特許権は最先の特許出願に与えられる>
特許権は、新規性・進歩性等の条件を備えている発明を、特許権者が独占・排他的に実施できる権利です。この特許権は、先願主義の下、同一の発明については、最も早く特許出願を行った者に与えられます。

<先使用権>
先使用権は、他社が特許出願を行った際に、その特許出願で特許請求されている発明を自社で既に完成させていて、当該完成させていた

発明(=他社の特許出願で特許請求されている発明)を実施する事業や、事業の準備を、他社が特許出願を行った際に行っていた者(以下「先使用権者」といいます)に認められる権利です(特許法第79条)。

他社の特許権に対して先使用権が認められた先使用権者は、当該他社から当該他社の特許権に基づく権利行使を受けることなく事業を継続できます。

<特許権者と先使用権者との公平>
特許出願の時点で新しさを有している発明でなければ特許権は認められません。ところが、特許出願が行われた時点で、既に、その特許出願された発明の事業を実施していた者(この者が先使用権者になります)がいた場合、特許出願された発明は特許出願の時点では新しさを有していなかった可能性があります。

しかし、特許庁がその事情を把握できなければ、「新規性欠如」として拒絶されることはないので、特許権が成立することがあります。
このようなときに、いちいち、「新規性欠如である」として特許無効審判請求を行わなければならないとすれば先使用権者にとって負担になります。

例えば、後述しますように、先使用権立証に用いる資料は、たとえ公証人による公証を受けたものであっても、社内資料のように、秘密を守る義務を有する者のみが知っていた情報であることが一般的です。

特許無効審判請求の際に特許発明の新規性、進歩性を否定する先行技術に使用できるものは、秘密を守る義務を有しない人が知っていた公知の技術情報でなければなりません。
このため、先使用権立証のために資料を残しておいたとしても、当該資料を用いて特許無効審判請求を行うことは簡単ではありません。

また、当該特許権の特許出願の際に実施事業を開始した等で現存している先使用権者の事業設備などを「特許権侵害だから」ということで廃棄しなければならないとすることは産業政策の上で好ましいものではありません。

そこで、他者に先駆けて一日でも先に特許出願を行うことで特許権を取得した特許権者と、当該特許権者とは別個・独自に発明を完成させて先に実施を行っていた先使用権者との間の公平を図る観点から先使用権(特許法第79条)が認められています。

<先使用権成立の条件>
特許庁が発行しているパンフレット「先使用権 ~あなたの国内事業を守る~」では次の図表で解説されています。

▷詳細はこちら(PDFが開きます)

上記の例では、発明者Aが発明を完成させたところ、会社は「この発明実施品を市場に投入してもどこに発明があるのか分析・把握することは難しいだろう」、「これから数年の間に同業他社がこの発明内容に想到することはないと思われる」等の判断で、その発明についての特許出願を行うことなく、発明実施品を市場に投入する事業を開始しました。

一方、偶然、他社の発明者Bが同一内容の発明を別個に完成させ、それを他社が特許出願して特許権取得しました。

すなわち、発明者Aは、発明者Bによる発明を知らずに、自ら発明を完成させ、発明者Bの会社が特許出願を行った時点で、発明者Aの会社は、発明者Aが完成させた発明を実施する事業の準備を開始していました。

このような場合に、発明者Aの会社が上記の事情を証拠に基づいて立証することができれば、先使用権の成立が認められることになります。

<先使用権の存在は裁判所で判断される>
先使用権が成立して、先使用権者が実施事業を継続できることになるかどうかは、裁判所が判断する事情になります。

特許庁に届け出て先使用権の成立を認めてもらうというようなことはありません。

<先使用権成立に必要な証拠>
このため、自社の技術者が完成させた発明を特許出願せずに会社の事業で実施開始し「将来『特許権侵害』の訴えを受けた場合には先使用権で対抗しよう」と考える場合には、裁判所が認めてくれるような十分な証拠を残しておく必要があります。

上述したパンフレットでは、研究開発段階、発明完成段階、事業化に向けた準備開始を決定した段階、事業の準備段階、事業の開始及びその後の段階、等々でそれぞれどのような資料が証拠として採用可能であるか説明されています。

<証拠の客観性>
難しいのは、客観的な証拠でなければならない、ということです。発明品の製造を開始するために作成した設計図であっても、社内の者しか見ることのできない秘密の資料であったならば、「本当に、設計図に記載されている日付の時点でこの設計図が作成・完成されていたと認めることができるのか?」という問題になることがあります。

このため、上述したパンフレットでは、先使用権の立証に必要な技術や製品に関連する資料をまとめて公証人による公証を得る方法や、PDFファイルの添付ファイルとした上でタイムスタンプの付与を受ける方法などが紹介されています。

<先使用権での保護を目指す場合の注意事項>
他社がどのような技術内容で特許権取得するか事前に予測することは困難です。
そこで、先使用権立証のための証拠を残しておいても、成立した他社の特許権の権利範囲に対応する先使用権成立を立証できず、実施を中止する、特許権者から実施許諾を受けざるを得ない、となることがあり得ます

また、発明実施品を製造・販売する事業を継続していたのだが、途中で、発明実施品の仕様を変更したことで、残しておいた資料では先使用権の成立を立証できなくなった、ということもあり得ます。

更に、特許権は各国独立で各国ごとに特許出願して各国ごとに特許権取得する必要があるのと同様に、先使用権も各国で独立しています。そこで、日本で先使用権によって実施事業を継続できるとしても、中国など、他の国では事業実施できないということが生じ得ます。

そこで、先使用権による保護を受けるのか、同業他社に先駆けて特許出願を行うことで、少なくとも、自社が特許出願を行った後に他社が特許出願した後願特許権による権利行使を受けることがないようにするのか等々、慎重に検討することが大切です。

また、特許出願による保護を受けずに、先使用権による保護を受けようとする場合には、どのような時期に、どのような証拠を、どのようにして残しておくのか、慎重に配慮しながら進めることになります。

いずれにしても、これらの事情についての専門家である弁理士に相談することをお勧めします。

<次号の予定>
次号では「特許権侵害にあたります」との警告を受け取った場合の対応についてのご質問に回答します。

■ニューストピックス■
●海外サーバーでも特許侵害を認定(知財高裁)
動画サイトの「ニコニコ動画」を運営するドワンゴが、再生中の動画にコメントを流す特許を侵害されたとして「FC2動画」の運営会社を訴えた裁判の控訴審で、知的財産高等裁判所は、請求を棄却した一審判決を変更し、特許権侵害を認め、コメント機能の配信停止と約1100万円の賠償を命じました。

▷詳細はこちら(PDFが開きます)

特許権は、効力が自国内でのみ認められる「属地主義」の原則がありますが、FC2の配信システムは米国にサーバーがあるため、効力が及ぶかどうかが争点となりました。
知財高裁は5人の裁判官による大合議で審理。

判決では「サーバーが国外にあっても、国内にあるシステムの構成要素が果たす役割や、利用の効果が得られる場所、その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは」、特許法の効力が及ぶという考え方を示しました。

その上で「FC2のサービスには日本のユーザー端末が必要だ」などと指摘し、「全体として日本の領域内で行われたものとみることができる」と判断しました。

●AI活用の国際ルール策定で合意(G7)
主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)は、各国首脳らによる討議の成果をまとめた首脳宣言を発表しました。

▷詳細はこちら(PDFが開きます)

首脳宣言では、対話型人工知能(AI)「チャットGPT」に代表される生成AIに関し、国際的なルール作りを進めることで合意しました。
各国の閣僚による枠組み「広島AIプロセス」を立ち上げ、AIの開発や活用、規制などについて議論し、年内にも著作権保護などを含む見解をG7として取りまとめる方針です。

岸田首相は会見で、「人間中心の信頼できるAI」の構築に向けて、「信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)」など国際的な枠組みの設立を早期に目指すことを提案し、日本として資金の拠出など必要な協力をすることも表明しました。

●知財経営の実践に向けた「ガイドブック」を公開(特許庁)
特許庁は、「知財経営の実践に向けたコミュニケーションガイドブック~経営層と知財部門が連携し企業価値向上を実現する実践事例集~」を公開しました。
知財を活用した企業経営の実践に向けて経営層と知財部門とのコミュニケーションの課題を明らかにし、取り組むべき項目をガイドブックとして取りまとめています。

▷詳細はこちら(別サイトが開きます)

ガイドブックでは、知財を活用した企業経営を実践している企業と知財経営の実践に悩む企業を比較。それによると、「知財を活用した企業経営を実践している企業では、経営層と知財部門との十分なコミュニケーションのもとで、知財部門が企業の将来の経営戦略や事業戦略に対して知財の視点で積極的に貢献しています。

一方、知財経営の実践に悩む企業では、経営層、知財部門が、知財部門の役割を、既存事業等を守るための知財管理として限定的に捉え、相互のコミュニケーションもその範囲内に留まっています」と分析しています。

そのうえで、「知財経営の実践に悩む企業では、知財部門の役割に対する意識を変えることが必要です。また、知財部門が将来の経営や事業に関する情報に接する機会を設け、その上で、知財部門が情報を分析して経営層に提案するなど、経営層と知財部門とが将来の経営や事業に対して知財で貢献するための議論を繰り返すことが求められます」としています。

ガイドブックでは、知財経営を実践している企業の知財担当者をヒアリングした結果、6社分の事例を紹介するとともに自社の課題を確認するためのチェックリストも掲載。
また、「知財部門の役割と意識改革」「経営層と知財部門との情報共有の在り方」「経営層と知財部門のコミュニケーション強化のプロセス」など、実際に知財経営に取り組む際に参考となるようなノウハウやヒントなどを提供しています。

出典:特許庁「知財経営の実践に向けたコミュニケーションガイドブック」

●大学発ベンチャー企業数が過去最多(経済産業省)
 経済産業省は、「令和4年度大学発ベンチャー実態等調査」結果(速報)を取りまとめ、公表しました。

▷詳細はこちら(別サイトが開きます)

それによると、2022年10月時点の大学発ベンチャー数は3,782社で、2021年度の3,305社よりも477社増加し、企業数・増加数ともに過去最多を更新しました。
多くの大学が前年度から数を伸ばしており、ベンチャー創出に力を入れていることがうかがえる結果となりました。

大学別にみると、東京大学が前年度に続き1位(371社)で、42社増加。2位も前年度に続き京都大学267社(25社増)、3位は慶應義塾大学236社(61社増)、4位は筑波大学217社(39社増)、5位は大阪大学191社(11社増)。
このうち、慶應義塾大学は増加数では1位となりました。

6位以降では、東北大学、東京理科大学、名古屋大学、早稲田大学、東京工業大学の順で続きました。

◆令和5年度中小企業等海外侵害対策支援事業(特許庁)

特許庁では、令和5年度中小企業等海外侵害対策支援事業として、「模倣品対策」「冒認商標無効・取消係争」「防衛型侵害対策」等の補助金の公募を開始しました。
詳細及びお申し込み等は、窓口の独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)のHPをご参照ください。

(1)海外で見つけた模倣品対策
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)

(2)冒認商標を取り消すための費用(冒認商標:海外でブランド名等を悪意の第三者が先取出願すること)。
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)

(3)海外で外国企業から警告を受けた場合の係争費用
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)

<編集後記>
【今月の一冊】『明治の特許維新~外国特許第1号への挑戦!~』(発明協会発行、櫻井孝著)「明治の前期、わが国でいまだ特許制度が創設される前に、遠い米国に特許を出願し、特許権を得て、それを大いに自己の事業に活かした実業家がいた。」(「まえがき」より引用)通信手段が発達し情報も得やすくなった現代でも外国での特許取得には難しさがあります。100年以上前の明治時代に苦労して外国特許取得を実現した人たちには尊敬の念を禁じ得ません。

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発行元 藤川IP特許事務所
弁理士 藤川敬知
〒468-0026 名古屋市天白区土原4-157
TEL:052-888-1635 FAX:052-805-9480
E-mail:fujikawa@fujikawa-ip.com

<名駅サテライトオフィス>
〒451-0045 名古屋市西区名駅1-1-17
名駅ダイヤメイテツビル11階エキスパートオフィス名古屋内

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