藤川IP特許事務所メールマガジン 2024年10月号
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2024年10月号
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┃ ◎本号のコンテンツ◎
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┃ ☆知財講座☆
┃ (33)明細書や図面の中には記載されているが、特許請求の範
┃ 囲には記載されていない発明
┃
┃ ☆ニューストピックス☆
┃
┃ ■「パルワールド」開発企業を特許権侵害で提訴(任天堂)
┃ ■輸入差し止め件数が過去最多を更新(財務省関税局)
┃ ◆税関を活用した「輸入差止申立制度」
┃ ■「特許審査の質についてのユーザー評価調査」を報告(特許庁)
┃ ■インクカートリッジ訴訟、リサイクル会社の控訴を棄却
┃ ■2024年度知的財産権制度入門テキストを公表(特許庁)
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財務省は、全国の税関が2024年1〜6月に偽ブランド品などとして輸入を差し止めた件数が過去最多を更新したと発表しました。近年、電子商取引(EC)の利用が拡大し、模倣品の流入が深刻な問題となっています。
そこで、今号では、模倣品対策の有効な手段の1つである税関を活用した「輸入差止申立制度」について紹介します。
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┃知┃財┃基┃礎┃講┃座┃
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(33)明細書や図面の中には記載されているが、特許請求の範囲には記載されていない発明
【質問】
当社の特許権の明細書に記載されている発明を同業他社が無断で実施しているのに「特許権侵害だ、として追及することはできない」と言われてしまいました、どうしてでしょうか?
【回答】
特許発明の独占が認められる効力範囲(特許発明の技術的範囲)は、特許請求の範囲の記載に基づいて決定されます(特許法第70条第1項)。明細書の中には記載されているのだが、特許請求の範囲には記載されていない発明については特許権に基づく独占排他的な効力は発揮されません。
学会で発表される論文では冒頭のアブストラクトで発表内容の概要を紹介するのが一般的です。特許出願で作成される「特許請求の範囲」と、「明細書(発明の名称、技術分野、背景技術、先行技術文献、発明の概要(発明が解決しようとする課題、課題を解決するための手段、発明の効果、発明を実施するための形態、・・・))」との関係を、学会論文におけるアブストラクトのように考えて、明細書の中に記載している発明のすべてに特許権の効力が発揮される、と誤解される方もあるようです。特許出願ではそのようになっていないことを説明します。
<特許権の効力が及ぶ範囲>
特許法第70条(特許発明の技術的範囲)の第1項に「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と定められています。
かつては「特許請求の範囲の記載は、発明の単なるインデックスにすぎず、特許権の独占排他的な効力がおよぶ『特許発明の技術的範囲』を定めるにあたっては、特許請求の範囲に記載された内容にのみ限定されることなく、明細書全体の記載からから判断すべき」という意見が存在した時代もありました。
これに対して、現行特許法では上述したように規定され、明細書、図面の中には記載されているが、特許請求の範囲の欄には記載されていない発明は、特許発明の技術的範囲に包含されず、第三者の実施行為に対して差止請求や損害賠償請求を行うことができる特許権の効力範囲に属さないことが明示されています。
なお、上述したように、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められることが原則ですが、特許請求の範囲に記載された用語について明細書、図面の中に、その意味するところや定義が記載されているときは、それらを考慮して特許発明の技術的範囲の認定を行わねばならないことが特許法第70条第2項に規定されています。
このような特許法第70条の規定により、
・特許発明の技術的範囲を明細書の中に記載されている実施例に限定して解釈することが容認されないこと、
・明細書の中には記載されているが特許請求の範囲には記載されていない事項を特許請求の範囲に記載されているものと解釈することが容認されないこと
が明確にされていると考えられています。
<明細書に記載されているが請求の範囲に記載されていない発明の例>
明細書の中に記載している発明であるが特許請求の範囲には記載されていない発明の一例を紹介すると次のようなものがあります。「断面が円形の木製の軸からなる鉛筆」しか世の中に存在していなかったし、知られていなかった時代に、「木製の軸を断面六角形にすることで傾いている机の上に置いたときでも転がりにくくなる鉛筆」、「木製の軸のどちらか一方の端部に消しゴムが固定されている鉛筆にすることで文字を書いている途中で間違ってしまったときに消しゴムを間違ったところに当てて、軸を握って強くこすりつけながら間違いを消すことができ、鉛筆と消しゴムとがバラバラになって消しゴムがどこに行ってしまったかわからなくなることを防止できる鉛筆」という発明を完成させたとします。
特許出願にあたって明細書及び図面には、
・木製の軸が断面六角形になっている鉛筆と、
・木製の軸が断面六角形になっていて、軸の一方の端部に消しゴムが固定されている鉛筆と、
・木製の軸が断面円形で、軸の一方の端部に消しゴムが固定されている鉛筆
を記載しておきました。
一方、「木製の軸を断面六角形にすることで傾いている机の上に置いたときでも転がりにくくなる」というのが完成させた発明の一番のポイントと考えていたことから特許請求の範囲の請求項には次のように記載して特許権を取得しました。
【請求項1】
木製の軸が断面六角形になっている鉛筆。
【請求項2】
前記軸の一方の端部に消しゴムが固定されている請求項1記載の鉛筆。
この場合、「木製の軸が断面円形で、軸の一方の端部に消しゴムが固定されている鉛筆」は成立している特許権の明細書、図面に記載されている発明ですが、特許請求の範囲に記載されている発明ではありません。
そこで、同業他社が、「木製の軸が断面円形で、軸の一方の端部に消しゴムが固定されている鉛筆」を製造・販売する行為に対して、「特許権侵害になりますから製造・販売を行わないでください」と申し出ることはできません。
特許請求の範囲の請求項2で「軸の一方の端部に消しゴムが固定されている鉛筆」についても特許請求されているような印象を受けますが、請求項2の発明は請求項1を引用している発明ですから、請求項2で特許請求している発明は「木製の軸が断面六角形になっていて、軸の一方の端部に消しゴムが固定されている鉛筆」になります。
このため、上述した特許法第70条の規定に基づいて、同業他社が、「木製の軸が断面円形で、軸の一方の端部に消しゴムが固定されている鉛筆」を製造・販売する行為に対しては権利行使できないことになります。
<拒絶理由通知に対応する際や特許査定を受けた際の注意>
特許出願時の明細書、特許請求の範囲、図面の中に記載した発明と同一の発明を、その特許出願の後に、第三者が特許出願して特許請求しても、「同一の発明について異なる日に二つの特許出願が行われた場合であって、後に行われた特許出願で特許請求されている発明になるので、先願主義の原則から、特許を認めることができない」とされ、第三者による後の特許出願は拒絶され、特許成立しません。
特許出願を行うことで、特許出願時の明細書、特許請求の範囲、図面のいずれかの中に記載している発明について、このような先願の地位を確保できます。
また、特許出願日から18カ月が経過して特許出願の内容が特許庁から特許出願公開されれば、特許出願公開された「特許出願時の明細書、特許請求の範囲、図面の中に記載されている発明」に基づいて簡単・容易に想到できる発明については、特許出願公開後に、誰が特許出願を行っても進歩性欠如で拒絶されて特許取得は認められないことになります。
しかし、上述したように、明細書に記載はしているが特許請求の範囲に記載が行われていない発明については特許権の効力が発生しません。特許出願の審査において審査官から「進歩性欠如」を指摘する拒絶理由を受けた場合、特許請求する発明の効力範囲を狭める補正を行って拒絶理由の解消を図ることがあります。このような補正を行った場合には、明細書には記載されているが、特許請求の範囲に記載していない発明が発生することになります。このような発明について、あくまでも特許取得を目指して審査を受けるべく分割出願を行う必要が無いのかどうか慎重に考える必要があります。
また、現状では、審査の結果、拒絶理由を発見できないので特許を認めるという「特許査定」を審査官から受けた場合であっても30日以内であって、なおかつ、特許権を成立させるための1~3年分の特許料を納付する前であれば、明細書には記載されているが、特許請求の範囲に記載していない発明について分割出願を行って特許取得を目指すことが可能です。
明細書の中に記載されている発明であるが特許請求の範囲には記載されていない発明については特許権による独占排他的効力が発生しないことを考えて慎重な判断を行われるようにお勧めします。
■ニューストピックス■
●「パルワールド」開発企業を特許権侵害で提訴(任天堂)
人気ゲーム「パルワールド」(Palworld)が複数の特許権を侵害しているとして、任天堂は、「ポケットモンスター」のライセンス事業を手がける「ポケモン」と共同で、ゲームを開発した「ポケットペア」に対し、侵害行為の差し止めと損害賠償を求める訴えを東京地方裁判所に起こしたと発表しました。
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)
「パルワールド」は、本年1月の発売から約1カ月で総プレーヤー数が2500万人を突破するなど、大ヒット作として話題となりました。
一方で、デザインが「ポケモンシリーズ」に類似している部分が多いとの指摘がユーザーから相次ぎましたが、今回の訴訟は、著作権ではなく特許権侵害の訴えとなっています。「ポケモン」のデザインではなく、ゲームシステムなど別の部分が問題になったとみられます。任天堂は、「十分な調査を行ったうえで提訴する判断に踏み切った」としていますが、その経緯や特許権侵害に関する具体的な内容などは裁判に影響を及ぼすとして明らかにしていません。
●輸入差し止め件数が過去最多を更新(財務省関税局)
財務省は、全国の税関が本年6月までの半年間に知的財産権侵害を理由に偽ブランド品などの輸入を差し止めた件数が1万8153件だったと発表しました。前年同期比で16.2%増、過去最多を更新しました。
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)
2022年10月の改正関税法の施行で、海外事業者から送られる模倣品は個人で使用する場合でも、新たに税関の取り締まりの対象となったことが主な要因です。物品数は72万9549点と前年同期比で5.6%増え、2年連続で60万点を上回りました。
権利別でみると、偽ブランド品など、商標権侵害が全体の95%の1万7334件、偽のキャラクターグッズなど、著作権侵害が685件。品目別では、衣類が全体の件数の32.0%で、次いで財布やハンドバッグなどが20.1%、靴類が11.1%。
財務省は、「公式で販売しているものと比べて価格が極端に安い場合や品質表示が確認できない商品、また、医薬品や電気製品などの模倣品は、健康や安全を脅かすおそれもあるため、正規ルートで購入してほしい」と呼びかけています。
◆輸入差止申立制度◆
「輸入差止申立制度」とは、全国の税関で海外から輸入される侵害物品を「水際」で排除することができる制度です。
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)
この制度を利用すれば海外で違法に製造された模倣品が日本国内で流通してしまう前に阻止できるので、海外から輸入される模倣品対策に有効です。裁判に比べて低コストであり、結果が出るのが早いのもメリットです。
「輸入差止申立制度」では、特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権などを侵害する貨物が輸入されようとする場合、権利者が税関長に対して、関税法に基づき、自己の権利を侵害する貨物の輸入を差し止めるよう申し立てることができます。申立では、輸入者を特定する必要はなく、侵害物品が市場に出回っていることの証明ができれば、海外から輸入された時点で侵害物品を排除することができるため、侵害物品の出所を特定できない場合も、この方法を使うことができます。
申立には、侵害の事実を説明する侵害被疑物品・その写真、弁理士が作成した鑑定書などが必要になるほか、税関で侵害物品であることを識別できるサンプル、写真、カタログなどを提出します。申立が受理されれば、侵害品は税関で差し止められることになります。
◆「きのこの山型ワイヤレスイヤホン」で輸入差止を申し立て
明治は、「きのこの山型ワイヤレスイヤホン」の模倣品が製造されていることを確認したため、商標権に基づき税関に輸入差し止めを申し立て、6月に受理されたと発表しました。
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)
「きのこの山イヤホン」は今年3月26日に3500台限定で発売し、即日完売しました。一方、国内外の通販サイトでイヤホンケースに「meiji」や「きのこの山」と記載された模倣品が販売されていました。同社では、模倣品が製造されていることを確認したうえで、商標権に基づき税関に輸入差し止め申し立てを行いました。この申し立ては6月14日に受理されており、模倣品は税関で輸入を阻止されることになりました。
●「特許審査の質についてのユーザー評価調査」を報告(特許庁)
特許庁は、「令和6年度特許審査の質についてのユーザー評価調査報告書」を公表しました。
▷詳細はこちら(PDFが開きます)
報告書によると、国内出願における特許審査全般の質についての評価(全体評価)は、「普通」以上の評価の割合が97.4%、上位評価割合(「満足」・「比較的満足」の評価の割合)が60.9%でした。
また、PCT出願における国際調査等全般の質についての評価(全体評価)は、「普通」以上の評価の割合が96.8%、上位評価割合が59.4%でした。
特許庁は、国内出願において、「判断の均質性」、「第29条第2項(進歩性)の判断の均質性」の項目が、全体評価への影響が大きく、かつ相対的な評価が低いことが分かったため、これらを優先的に取り組むべき項目と設定しました。
●インクカートリッジ訴訟、リサイクル会社の控訴棄却(大阪高裁)
プリンター用インクカートリッジの仕様を変えてリサイクル品の販売を妨げたのは独占禁止法に違反するとして、リサイクル品の製造販売会社「エコリカ」が「キヤノン」に仕様変更の差し止めと損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、大阪高裁は、一審判決を支持し、エコリカ側の控訴を棄却しました。
一審・大阪地裁の判決によると、エコリカはキヤノンの使用済みインクカートリッジを回収し、インクを再注入して純正品より安い価格で販売。キヤノンが2017年に発売した製品でインク残量を表示させるICチップの仕様を変更し、再注入してもプリンター上は「インクなし」と表示されるようになりました。エコリカ側は、インクの残量データの初期化が不可能となり、リサイクル品を販売できなくなったことで、キヤノンの純正品が市場を独占したと主張していました。
一審判決は、インク残量が表示されなくても、カートリッジの本質的な性能に大きな影響を与えないと指摘。「消費者が純正品の購入を余儀なくされているわけではない」とし、独禁法違反に当たらないと判断しました。
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●2024年度知的財産権制度入門テキストを公表(特許庁)
特許庁は「2024年度知的財産権制度入門テキスト」を公表しました。
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)
テキストは、特許、実用新案、意匠、商標の各制度や、不正競争防止法、著作権法などを網羅し、知的財産権について初めて学ぶ方にとっても、わかりやすくその概要が示されております。社内の研修用のテキストとしても活用することができます。
また、各種支援策や地域におけるサービス等についても紹介しています。
<編集後記>
【今月の一冊】『それってパクリじゃないですか?4~新米知的財産部員のお仕事~ 奥乃桜子著(集英社)』
ドラマ化された小説の完結編です。
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