藤川IP特許事務所メールマガジン 2025年6月号
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◇◆◇ 藤川IP特許事務所 メールマガジン ◇◆◇
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━ 知財担当者のためのメルマガ ━━━━━━━━━━━━━━━
2025年6月号
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┃ ◎本号のコンテンツ◎
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┃ ☆知財講座☆
┃ (41)先使用権(2)「先使用権の成立を立証する資料」
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┃ ☆ニューストピックス☆
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┃ ■「シャウエッセン」のストライプ柄が「位置商標」に(日本ハム)
┃ ■特許・意匠・商標のFA期間と権利化までの期間(特許庁)
┃ ■退職時にファイルを故意に削除、元従業員に賠償命令
┃ ■著作権者不明な著作物の利用手続を簡素化(改正著作権法)
┃ ■助成金情報 令和7年度「中小企業等海外侵害対策支援事業」
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特許庁は、独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)を通じて、海外で取得した特許・商標等の侵害を受けている中小企業に向けた「令和7年度中小企業等海外侵害対策支援事業」を開始しました。
同事業では、海外での模倣品対策、冒認商標無効・取消係争、防衛型侵害対策にかかる費用の一部を助成します。
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┃知┃財┃基┃礎┃講┃座┃
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(41)先使用権(2)「先使用権の成立を立証する資料」
「御社の事業は当社所有の特許権を侵害するものであるので実施行為の中止を求めます」という差止請求訴訟などを受けたときに、「当社の事業は御社の特許権が特許出願された時点ですでに実施していたもので、当社事業の実施は先使用権によって保護され、当社は、御社に対して実施料を支払う必要なく、今後も、当社事業の実施を継続できます」とする先使用権(特許法第79条)について、前号では、先使用権の内容、先使用権が認められる理由、先使用権の成立が認められるために必要な条件を説明しました。
今号では先使用権の成立を立証する上で必要になると思われる資料を説明します。
<先使用権の成立が認められるために必要な条件>
先使用権の成立を主張する者は、前号で説明したように、以下の事項を総て立証しなければなりません。
A.主体に関する要件(先使用権の成立を主張する者が、「(『特許権侵害である』という訴えの根拠になっている特許権の)特許出願に係る発明の内容を知らないで、自らその発明をした者」あるいは、「当該特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得した者」であること)
B.時期に関する要件(先使用権の成立を主張する者が、「特許権侵害である」という訴えの根拠になっている特許権に係る発明の実施である事業やその準備を、「特許権侵害である」という訴えの根拠になっている特許権の「特許出願の際、現に」行っていたこと)
C.地域に関する要件(発明の実施である上述した事業やその準備を日本国内で行っていたこと)
D.客体に関する要件(先使用権の成立を主張する者が、「特許権侵害である」という訴えの根拠になっている特許権の「特許出願の際、現に」実施していたものが、(「特許権侵害である」という訴えの根拠になっている)特許権に係る発明についての「実施である事業」又は「その事業の準備」に該当していること)
<先使用権の成立は時系列で客観的に立証する>
上述したA~Dすべてを立証する必要があります。
そこで、発明に至る研究開発・技術開発の当初から、発明完成を経て、当該発明の実施化(例えば、製品としての製造・販売)に至った経緯が時系列で立証できるように資料が収集され、保管されていることが望ましいです。
更に、上述した資料は客観性を有するものであることが要求されます。
企業活動では、いきなり、特許権者から、「御社の実施行為は当社が所有している特許権を侵害する行為に当たります」という警告を受けたり、差し止め請求などの訴訟提起されることがあります。
このような場合であっても、当該実施行為が、攻撃を行ってきた特許権の技術的範囲に属さないものであるならば、「弊社の実施行為は御社の特許権の効力範囲(技術的範囲)に属さないので、特許権侵害にはあたりません」と反論することができます。
特許権の効力範囲(技術的範囲)に属するか否か解釈の余地がありそうな場合であっても、攻撃してきている特許権の出願日の以前から自社で実施していた事業であるならば、上述した「特許権の効力範囲(技術的範囲)に属さない」という反論を行うだけでなく、「たとえ『特許権の効力範囲(技術的範囲)に属する』とされる場合であっても、当社は、先使用権を有しているので特許権侵害に当たりません」と抗弁することができます。
先使用権の存在、成立は、このように裁判所で主張、立証して認めてもらうものですから、裁判所が納得するような客観性のある資料を収集し、保存しておくことが望まれます。
例えば、社内の者の作成による設計図しか残っていない場合、当該設計図に作成者の氏名の記載、作成日付の記載や、担当上司の確認印などが存在していたとしても、社内の者だけしか作成に関わっていないのであれば、「この設計図が、記載されている作成日付の日に、現に存在していたことを立証するには、この設計図だけでは不十分である。」と認定されてしまうことがあります。
<時系列で資料を整えておく例>
特許庁が発行している「先使用権~あなたの国内事業を守る~」という冊子(平成28年(2016年)7月発行)では、21頁に以下の図を示しながら、時系列で資料準備する例が説明されています。
▷詳細はこちら(PDFが開きます)
<研究開発・技術開発及び、発明完成段階>
これらの段階の資料は、上述した主体に関する要件を立証する上で有用になります。
研究者、技術者が日付を入れて定期的に作成している研究ノート、技術開発ノート、設計図、仕様書、技術成果報告書などがこれらの段階での資料になります。
<事業化に向けた検討・準備、事業の準備及び、事業開始段階>
これらの段階の資料は、客体に関する要件を立証する上で必要になります。
上述した発明完成段階で完成した発明について事業化を進めるかどうかを検討した経緯、試作機の作成、実験・検討などを行った経緯とその記録・データ、事業化検討会議の議事録、事業化開始決定書などの書類が資料になると考えられます。
また、事業化開始決定後に、図面の作成、見積書の作成、金型の製作、設備の導入、原材料の購入、等で事業準備を進めた記録、例えば、設計図、仕様書、見積書、請求書、納品書、帳簿類、等が資料になると考えられます。
更に、事業準備を終えて、実際に事業開始されたときには、例えば、上述した発明完成段階で完成した発明の実施品である製品を実際に製造し、販売開始したことを証明できる資料を収集することになります。
例えば、製品の試作品を完成させ、ユーザに試用してもらった事実や、その後に、製品を製造した年月日、製品に付した製品番号、製品の仕様書や設計図、製品製造を行った工場の作業日誌や製造記録、製品製造のために購入した原材料の購入記録、製品の販売にあたってユーザに提供したカタログ、パンフレット、商品取扱説明書、販売伝票、等が資料になります。
<実施形式などに変更が加えられた段階>
事業を開始した後、ユーザからの要望などを受けて実施形式に変更が加えられることがあります。
例えば、装置の構造の一部に変更を加える、等して実施形式を変更する場合です。
この場合、変更前の実施形式であれば先使用権が認められたが、変更後の実施形式が、上述した発明完成段階で完成した発明とは異なる発明の実施になってしまうときには、変更後の実施形式には先使用権は認められなくなる、ということが起こり得ます。
もちろん、装置の構造の一部に変更を加える、等しても、上述した発明完成段階で完成した発明の実施に相当すると認められる場合は、引き続き、変更後の実施形式についても、先使用権は認められます。
そこで、事業を開始した後に実施形式などに変更が加えられた場合には、どのような点に変更が加えられたのかを把握できる資料と、その変更後の実施形式について、上述した事業開始時に収集していたのと同等の資料を収集、保存しておくことが要請されます。
<資料同士のひも付け>
上述したように、発明の完成から事業の開始まで時系列で資料を収集しておくことが望ましいですが、ここで注意しなければならないのは、事業化に向けた検討、事業の準備及び、事業開始は、発明完成段階で完成していた発明についてのものであることが客観的に把握できなければならないということです。
すなわち、発明完成に至る発明着手・開発段階から、事業開始までが、同一の発明についてのものであることを理解できるように、時系列の各段階で収集する資料同士を紐づけして整理、収集しておくことが先使用権の成立を立証する上で大切です。
パンフレット「先使用権~あなたの国内事業を守る~」では、時系列の各段階で収集する資料同士を紐づけして整理、保管する手法として一般的に採用されているものとして以下の4つを紹介しています。
<書類に共通の管理番号を付与する>
同一の発明に基づく製品に関する資料に対して、その発明を特定する共通の管理番号を記載して管理するものです。
これにより、複数の資料同士を紐づけ、それらの資料が、同一の発明・製品に関連する一連の資料であると把握できるようにするやり方です。
<ファイルにまとめて公証を受ける>
同一の発明に基づく製品に関連する資料に対して上述したように共通する管理番号を付与し、時系列ごとの資料の全体を時系列順に整理した上で、どのような資料が取りまとめられているのかを記載した表紙とともに全体で一つのファイルにまとめます。
そして、同一の発明に基づく製品に関するこのファイルについて公証人の認証を受け、同一の発明・製品に関連する一連の資料を一式として紐づけて整理しておくやり方です。
<PDFファイルの添付ファイルを作成してタイムスタンプを付与する>
上述した一つのファイルの表紙(どのような資料が綴じられているのかを記載した表紙)をPDFファイル化し、製品に具現化されている発明や、当該製品に関する電子ファイル(例えば、音声データ、映像データ、CADデータなど含む)を添付ファイルとし、タイムスタンプを付与することで、同一の発明・製品に関連する一連の資料を一式として紐づけて整理しておくやり方です。
<時系列リストにまとめる手法>
発明完成に至る発明着手・開発段階から、事業開始までの時系列ごとにリストを作成し、そのたびごとに、紙の資料の場合には公証人の認証を得る、電子データの場合にはタイムスタンプを得て、同一の発明・製品に関連する一連の資料を時系列で紐づけて整理しておくやりかたです。
■ニューストピックス■
●「シャウエッセン」のストライプ柄が「位置商標」に(日本ハム)
日本ハム株式会社は、あらびきウインナー「シャウエッセン」のストライプ柄が、「位置商標」として登録されたと発表しました。
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)
(登録第6914670号)
位置商標とは、商品や包装に付される図形などの標章の位置が特定された商標で、2015年に導入された新たなタイプの商標です。
標章が常に同一の位置に付されて長年使用されることにより、パッケージにロゴやブランド名がなくても識別性を獲得することができます。
「シャウエッセン」は1985年に発売され、今年で40周年となるロングセラーブランド。
発売当時からストライプ柄を基調としたデザインが特徴的であると説明されています。
食品の位置商標では、キユーピーマヨネーズの赤い「網目」(登録第5960200号)や日清食品のカップヌードル(日清食品の登録商標)の上下帯型(通称:キャタピラ)の図形(登録第6034112号)などがあります。
●特許・意匠・商標のFA期間と権利化までの期間(特許庁)
特許庁より「ステータスレポート2025」が公表されましたが、今回は同レポートの中から特許・意匠・商標のFA(First Action)期間と権利化までの期間などを紹介します。
なお、特許のFA期間は、審査請求日から審査官による審査結果の最初の通知(主に拒絶理由通知書又は特許査定)が出願人へ発送されるまでの期間、意匠・商標のFA期間は、出願日から審査官による審査結果の最初の通知(主に拒絶理由通知書又は登録査定)が出願人へ発送されるまでの期間(ただし、新しいタイプの商標及び地域団体商標に係る出願を除く。)です。
また、特許の権利化までの期間は、審査請求日から特許査定・拒絶査定などの最終処分を受けるまでの期間、意匠の権利化までの期間は、出願日から権利化までの期間、商標の権利化までの期間は、出願日から登録査定・拒絶査定などの最終処分を受けるまでの期間(ただし、新しいタイプの商標及び地域団体商標に係る出願を除く。)です。
<特許>
・通常審査のFA期間:平均9.4月
・権利化までの期間:平均13.8月
・早期審査のFA期間:平均2.3月
・スーパー早期審査のFA期間:平均0.8月
<スーパー早期審査について>
スーパー早期審査とは、早期審査よりも更に早期に審査を行う制度です。
スーパー早期審査の対象は、「実施関連出願」かつ「外国関連出願」、又はベンチャー企業による出願であって「実施関連出願」であること等が必要です。
スーパー早期審査の対象となる場合、現行の早期審査と比較して、より早期に審査段階での最終結果を得ることができますが、早期に査定が確定して国内優先権を主張可能な期間が短くなる可能性や早期に特許掲載公報が発行され、改良発明の障害になる可能性に注意する必要があります。
スーパー早期審査制度の対象となるのは特許案件だけです。
商標と意匠の登録出願にはスーパー早期審査制度の適用はありません。
<意匠>
・通常審査のFA期間:平均6.0月
・権利化までの期間:平均6.8月
・早期審査のFA期間:平均2.1月
<商標>
・通常審査のFA期間:平均6.1月
・権利化までの期間:平均7.3月
・早期審査のFA期間:平均1.7月
●退職時にファイルを故意に削除、元従業員に賠償命令(徳島地裁)
元従業員が退職する際に社内のファイルを故意に削除したとして会社側が損害賠償を求めた裁判で、徳島地方裁判所は「会社の利益を侵害した」として元従業員に対し、約570万円の支払いを命じました。
▷詳細はこちら(PDFが開きます)
大手半導体企業の開発部門に勤務していた元従業員は、退職日に共有ファイルを削除する「バッチファイル」が起動するように設定し、ファイルの削除を実行しました。
裁判で元従業員側は、意図的に削除したのは主に自分が作成したソフトで、そのほかは誤って消えたもので故意ではない等と主張。
これに対し、会社側はデータを承諾もなく削除され、会社の利益が侵害されたとして、約2580万円の損害賠償を求めていました。
元従業員は、退職直前に共有サーバ内のファイルを削除するプログラムを作成し、退職日に起動するよう設定。削除されたファイルは、元従業員が業務中に作成したもので、232のフォルダ内に保存されており、実験装置の操作手順書や実験データなどが含まれていました。
●著作権者不明な著作物の利用手続を簡素化(改正著作権法)
政府は、著作権者が不明などの著作物の利用手続を簡素化する改正著作権法を、2026年4月1日に施行することを閣議決定しました。
今回の改正によって、利用されずに埋もれている著作物を円滑に二次利用できる「未管理著作物裁定制度」の運用が始まります。
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)
同制度は、著作権者と連絡が取れないものや、著作権者がわからないものなどについて、文化庁長官の裁定(利用許諾)により、利用者が補償金を支払うことで合法的に利用可能とするものです。
これにより、著作権者への対価還元や利用ニーズの発掘といったメリットがあるとされています。
裁定の結果、利用が認められた作品は文化庁のサイトで公開します。
利用者は国の指定機関に補償金を納めることで、当該作品を裁定が取り消されるまで、1回の申請につき3年を上限として利用できます。
一方、著作権者側は文化庁に対して、裁定の取り消しを求めたり、利用者が納めた補償金を作品の利用料として受け取ることができます。
文化庁は裁定申請時の手数料を1万3800円とする方針です。
利用の際には、手数料のほか、補償金(裁定時に相場をもとに金額を決定)の納付が必要となります。
●助成金情報 令和7年度「中小企業等海外侵害対策支援事業」
特許庁は、独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)を通じて、海外で取得した特許・商標等の侵害を受けている中小企業に向けた「令和7年度中小企業等海外出願・侵害対策支援事業(中小企業等海外侵害対策支援事業)」を開始しました。
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)
①模倣品対策支援
海外での模倣品流通状況の調査や模倣品業者への対抗措置に要する費用の3分の2(上限額400万円)を補助。
②冒認商標無効・取消係争支援
現地企業などに不当に出願・権利化された商標を取り消すために要する費用の3分の2(上限額500万円)を補助。
③防衛型侵害対策支援
海外で産業財産権に係る係争に巻き込まれた場合の対抗措置に要する費用の3分の2(上限額500万円)を補助。
各支援事業の申し込み締め切りは10月31日。予算がなくなり次第終了。
詳細に関してはジェトロHPを参照。
<模倣品対策支援>
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<冒認商標無効・取消係争支援事業>
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)
<防衛型侵害対策支援事業>
▷詳細はこちら(別サイトが開きます)
<編集後記>
【今月の一冊】『ビフォーとアフターが一目でわかる 発明が変えた世界史』(祝田秀全監修、朝日新聞出版発行)
古代から現代に至るまでの発明の歴史について図解を使ってわかり易く書かれた本です。
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発行元 藤川IP特許事務所
弁理士 藤川敬知
〒468-0026 名古屋市天白区土原4-157
TEL:052-888-1635 FAX:052-805-9480
E-mail:fujikawa@fujikawa-ip.com
<名駅サテライトオフィス>
〒451-0045 名古屋市西区名駅1-1-17
名駅ダイヤメイテツビル11階エキスパートオフィス名古屋内
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